今回の「福島からの声」は、福島原発の放射能の被害によって南相馬の故郷を奪われた、渡部哲雄さんが出版された短歌集『つぶやき』(民報印刷)の中から、「福島からの声」を伝える短歌を、福島県南相馬市在住の詩人、若松丈太郎さんのご協力も得て掲載させて頂きます。
近年、ますます複雑化する中東問題や経済の先行きへの不安が、情報の渦となって私たちの心までも覆い隠してしまい、最も身近な脅威である原発事故の問題への関心が大きく薄れてしまっていることに複雑な焦りを感じることがあります。関心が薄れてしまうことの怖さ。それは、私たちの未来の居場所を奪い、その〈いのち〉までも奪うことに等しいものです。
今回のご紹介させて頂く渡部哲雄さんの何の飾り気もないまっすぐな言葉で綴られた短歌「つぶやき」の一つひとつの歌からは、ややもすれば、復興の陰に隠れてしまいそうな人々の本当の苦しみの声だけでなく、同じように居場所を追われた生きものたちの声までもが、深く心情に訴えてくるように感じます。(本多直人)
『つぶやき』より
渡部哲雄
恐ろしき事になりたる吾が里は原発の地より十八キロなり
耕せぬ土地となるのか原発に肩震はせて野菜畑見る
避難指示別れて暮らす親と子の思ひは悲し餌の無き牛
原発を逃れて遠き避難先古里の地に牛生きゐるか
津波にて帰らぬ人の面影に涙堪へて歩み続ける
住む人も人影もなきふる里の吾が家の庭に花は咲かむか
安全と言ふ名の下に避難して我が故郷は死の町となる
避難して里に帰らざりし長兄は避難の儘に天に旅立つ
定まらぬ除染の仕組み語るだけ役人達の日暮らしの声
又一人命縮めて旅立ちぬ避難の苦労報はれもせず
被災者の心の中に住み続く不安な思ひ払ふ術なし
大寒になりても穫らぬ柚子の実は被災せしことの証ともなる
八十路なる吾にて思ふこの生活(くらし)夢か現(うつつ)かただに悲しい