今月の「福島からの声」は、みうらひろこさんの詩集「渚の午後」連載最終回です。
今回ご紹介させて頂くのは「白クマはどこへ」という詩です。
安全神話の下で、受け入れた地域に経済的な潤いをもたらしてきたのも日本の原発政策の一面です。しかしその経済的な豊かさは東日本大震災の原発事故によって脆くも崩れ、地域の人々の信頼は裏切られ、故郷そのものを根底から崩壊させてしまったのです。
「白クマはどこへ」は、かつて潤っていた地域の姿と共に、故郷を奪われたことの計り知れないほどの大きさと復興への道のりの険しさを改めて感じさせてくれる詩です。
居場所を再び取り戻すために私達は、ここから何をはじめていけば良いのかを改めて問われているように思います。 (本多直人)
白クマはどこへ
あそこに白クマがいたのを知っている
彼は東京電力福島第一原子力発電所の
原子炉を覆う建屋の壁の
水色と白の模様に紛れ
毎日、海と空を眺めていたのだ
原発銀座とよばれていたその場所が
まだユ-トピアだったころ
会社の構内は花盛り
つつじ、ラベンダ-、桜の花々で彩られ
シャトルバスを仕立て
花巡りの住民サ-ビスをしていたのだ
海に面した原発建屋は
空と海の青と波頭らの白をイメ-ジしたと
バスの中の案内嬢は説明してくれる
-あの模様の中に隠れている動物は何でしょう
突然のクイズに
花巡りの人々は一瞬-ん?何だべー
-オラ、クマの顔みたいに見えたけど・・・
おずおずと中年のオバサマ
-ピンポ-ン、そうなんです。クマちゃんです
あの模様の中に白クマがいるんですよ
案内嬢はニッコリと解説
原発は安心・安全の神話がまかり通り
何の疑いも持つことがなかった
あの地域の、あの時代の人々
関連企業はすべてあの会社の総称で
ひとくくりにされて
夫が、父が、息子や娘が
そこで働いているという誇りと自慢
農業を捨て、高い日銭を稼ぎ
文化水準もエンゲル係数の低さも
県内トップになった自治体
東京へ電気を送る送電線の鉄塔が
千手観音のように幾本もの手を広げ
南へ南へと連なっていた
あの建屋の白クマのことを
覚えている人はいるだろうか
二0一一・三・一一の東日本大震災
忠告する学者の意見を無視し
七メ-トルの津波対策に胡坐をかいていた会社
しかし大津波はその倍以上の高さで
原子力発電所を呑み込み
たちどころに電源喪失、メルトダウン
翌日三月十二日午後三時
一号基から水素爆発つぎつぎと
建屋は見るかげもなく吹き飛び
鉄骨がみにくい姿でさらされ
放射性物質は西北西の風に運ばれ
あの白クマもどこかへ飛んで行ってしまった
避難生活四年目になるというのに
復興など目に見えるほどには進まず
まるで手さぐり状態の事故処理
希望も薄い新聞記事を読みながら
あの白クマのことを思い出す
建屋の壁の模様に紛れ
おだやかだった海と人々の日常を眺めていた
罪の無い白クマのことを
彼はどこへ行ってしまったのだ