【解説】清水先生から「Facebookの投稿を場の研究所の会員のみなさんにもみていただきたいのですが…」何か方法はありませんか、と相談を受けました。
そこで、先生の文章のみ取り出して、少し書き直しをしていただいたものを場の研究所のホームページに掲載することにしました。(ところどころ、文が抜けているように感じるところは、他の方のコメントを省いているせいです。)
以下は、その文章です。
20170926 の投稿から
今日は西田幾多郎の最後の論文「場所的論理と宗教的世界観」を感動しながら読んでいました。
彼の逆対応という考えと、私の相互誘導合致という考えが、同じではないけれど、本質的に似ているから、その差を掴もうと思ったのです。
創造的な直感とか、自己の内の霊性や創造性を理解するためには、これらの考え方のように、自己の内には時間的と空間的なはたらきという矛盾する二つのはたらきがあり、その矛盾を創造的に解消しようとしながら生きていくと考えることが必要です。
時間的と空間的なはたらきは、自己の生と死にも相当するもので、宗教とは何かを知る上で、非常に重要です。
西田と私の考えの最も大きな差は、私の方は〈いのち〉の与贈と自己組織を考えているのに、西田は一般的に弁証法で考えているので、私のような動的なはたらきは考えていないということです。
言葉を換えれば、彼は存在の哲学であり、私の方は存在の科学だということです。
そう言うものの見方は、すでに存在を社会にとらわれて見ているわけで、対象化された存在です。
西田が問題にしているのは、対象化されないこの宇宙に一度しか存在しない自己の存在そのものです。