【解説】清水先生から「Facebookの投稿を場の研究所の会員のみなさんにもみていただきたいのですが…」何か方法はありませんか、と相談を受けました。
そこで、先生の文章のみ取り出して、少し書き直しをしていただいたものを場の研究所のホームページに掲載することにしました。(ところどころ、文が抜けているように感じるところは、他の方のコメントを省いているせいです。)
以下は、その文章です。
2017/12/20 の投稿から
Facebook には情報はあるが、地平と時間がない。
認識だけがあって、存在がない世界だから。
存在がないと、世界は居場所にはならない。
時間つぶしは、よく分かっている。
そうですね、確かにAIもこのことに関係がありますね。
存在というのは存在している者の全体を捉える働きですが、認識論的な認識はその部分を捉える働きですね。
その認識論的な活きの上につくられるのがAIですから、人間の知としてみると、全体を捉える知としては足りない形になっているのです。
NHKが人を専門家に分けて話を聴こうとするのも、全体を捉えることを止めてしまったということですね。
これは目に見えるところしか見ようとしない西欧思想を支えてきた近代文明の知の欠陥ですね。
人間らしい形や顔をもったいろいろなロボットが考えられています。
それはそれとして働くと思いますし、そのことに意味はあると思います。
しかしAIについて書いたことが、ロボットについても当てはまります。
〈いのち〉をもっている者には、ハイデッガーという哲学者が sich zeitigen と言った時間を生み出しながら、その時間に沿って働いていく「存在の働き」があります。
しかし〈いのち〉のないロボットには、この自分で時間を生み出していく存在の働きがないのです。
できることは。外の時計に合わせることだけであり、それは時間そのものを生み出していくことではありません。
そこで存在を持った人間が予め必要な働きを個別的にロボットに与えていく他はないことになります。
日本のマスコミは、この辺りの論理を飛ばして、AIやロボットが何でもできるように歌い上げるので、「わっ」と人気が出て、人の関心が集まるのです。
「存在と時間」の実際的な勉強をして見ませんか。14年に亡くなられた方ですが、木田元という哲学者が分かりやすい解説をしています。
人間の存在が生み出す時間が地平を開いてくるのです。
この時間を開いていくはたらきがないと、他の動物と同じように、現在のできごとに反応することしかできなくなります。
ハイデッガーは20世紀最大の哲学者と言われる人ですが、sich zeitigen ということは、「自分でドラマをつくっていく活き」と理解したらどうかと思います。
AIで動くロボットにはそれがないのです。
そのことを日本的に表現すれば、椎木さんが指摘されているように、「こころという働き」であり、人間や生きものの「意識の活き」でもあると思います。
科学万能主義は認識と存在に根本的な差があることを無視してしまい、生きている生きものや社会を機械論的に解釈してしまうので、お金を持つことが目的になって、一番大切な〈いのち〉が軽く見られてしまいます。
科学万能主義は19世紀の終わりの頃から、その問題点が指摘されている旧い考えで、それを克服するために現象学やハイデッガーの存在論、そして様々な哲学や思想が現れてきたのですが、問題を感じていても、まだそれがなかなか克服できていないのです。