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場の研究所メールニュース 2019年12月号

このメールニュースはNPO法人「場の研究所」のメンバー、

「場の研究所」の関係者と名刺交換された方を対象に

送付させていただいています。

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場の研究所 定例勉強会のご案内 

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 ホームページ:http://www.banokenkyujo.org/ 

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「〈いのち〉を居場所に与贈して〈いのち〉の与贈循環を生み出そう」 

〈いのち〉とは「存在を続けようとする能動的な活き」である。 

                        (清水博) 

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■2019年12月のメールニュースをお届けいたします。 

年末となり、今年も場の研究所イベントへの参加や活動に対して

のサポートをしてくださった皆様に、心から御礼申し上げます。

今後ともよろしくお願いいたします。

 

◎11月は2019年11月15日(金曜日)に「勉強会」を開催しました。

 

場の研究所の勉強会は従来通り、15時からワイガヤ的に推進し、

哲学カフェのような雰囲気で議論がすすみました。

中心となって進めたメンバーのこばやしさんの議論の内容を下記に

掲載します。

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今回は、ネットに投稿されていたある記事とそのコメントから、

「どのような場が人を嬉々として活動させるのか」を話し合って

みました。

記事は、ある活動への呼び掛けた者とそこに集まる者の関係と

活動について、その悪い例と改善案(取り組み方と関わり方)

が書かれていて、対して、コメントの方は、自身の活動の現場での

参加者の主体性や積極性が(記事を読んで)、確かにそうだと納得

したと書かれていました。

 

しかし、コメントの筆者は「しかし、それだけではないようです」

とも言っており、取り組み方と関わり方をよくすれば、確かに行動

の実感が生まれ積極性は増すかもしれない、でも、果たしてそれ

だけなのでしょうか…、という問いかけが残されていました。

⇒私たちも、これらを確かめながら、この先について考えを進めて

いきました。

(※ 取り上げた題材は、ここでは具体的に記すことができません

ので、不明瞭で申し訳ないですがお許しください。)

 

今回も、この時間は、対話の時間となりましたので、断片的に

当日を振り返ることのみとさせていただきます。

 

「人が嬉々として活動する場」は、(活動へ)「呼びかけた者」と

「集まる者」の取り組み方と関わり方を良くする、つまり、

"各自がより良く活動する"という意志の問題だけで、果たして

それは成るものなのか…?

⇒場の研究所としては、この問題を「場」の問題として捉えて、

話し合ってみましょう。

 

「場」とは舞台であるとして…。

そのドラマでは、それぞれの「役者」(存在者)が「何を演じる

のか?(役)」(存在)、それはどういう風に決まるのか?

 

(その活動に)「消極的になってしまう現場」と「嬉々として

活動する現場」の「場」の特徴に違いはあるだろうか?

 

「場」には、「否定的な場」と「肯定的な場」があるとして、

その特徴を考えてみよう。

 

独立性(存在者)から始めれば否定的な場となり、全体性の

問題(存在)から始めれば肯定的な場となるだろう。

 

 

…話し合いは、答えを見つけるためではなく、各自、それぞれ

の「問い」が見つけられることを願って行われております。

 

今回、皆さまは、どのような問いを持ち帰られたでしょうか…。

私自身は、「普段、身の回りの出来事を捉えるとき、一旦立ち

止まり、その始点を「存在者」から「存在」へ移してみよう」と、

改めて強く思いました。

それは、まず、今、自分(役者)は、どのような舞台(場)に

立っているのだろうか?という点から始めてみるという事です。

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以上

 

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この後は清水所長の資料ベースの勉強会となりました。

勉強会テーマ:「相互誘導合致」

先生の説明はこの資料の前半を使って行われましたので、

その部分を掲載いたします。

清水先生からは、私達の存在をどうとらえるかという観点で、

〈いのち〉と〈いのち〉の与贈について、相互誘導合致(鍵と

鍵穴について)、最後に「回来」についての話がありました。

少々長い資料ですが、ご覧ください。

 

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様々な人が同じ居場所に一緒に「生きていく」ためには、そこに

生まれる場に対するそれぞれのかかわりあい方を互いに了解して

いる必要があります。人びとが互いに異なる位置づけを場にする

ことができ、そしてその位置を互いに了解し合うことができてこそ

---つまり場におけるそれぞれの存在を互いに了解できてこそ---、

人びとが共に生きていくことを即興的な〈いのち〉のドラマ

(〈いのち〉の即興劇)として表現することができるのです。

 

家族は家庭という居場所に生まれる場における互いの〈いのち〉

の表現を了解し合い、それぞれの存在を重んじ合いながら生きて

いきます。家庭の場では、互いの存在(〈いのち〉のあり方)が

それぞれ異なって位置づけられていますから、同じ家庭の場に

おいて家族が共に主体的にその〈いのち〉を表現し合いながら

生きていく〈いのち〉の即興劇ができるのです。

 

居場所に生まれる場における自己の存在の位置づけは、居場所

に生きていく主体の重要な課題ですが、その位置がどのように

決まるかは、居場所への自己の〈いのち〉の存在表現と、場の

状態とが、「鍵」と「鍵穴」のように相互整合的に合致するように

決まります。家庭では家族が一緒になって一つの鍵をつくります

から、家族それぞれの家庭における位置づけが必要になります。

 

このように「位置づけをともなう個の集まりと場との相互誘導

合致」が様々な〈いのち〉の即興劇に共通する基本的な形です。

居場所全体の状況にしたがって役者の役(存在)が決まり、舞台

の状態(場)に合わせてそれぞれの役を具体的に表現していく

ことになります。

 

場における位置づけを含めて、〈いのち〉の表現が決まるこの

誘導合致のはたらきのことを、私は「鍵」となる人びとの

〈いのち〉の表現と、その「鍵」を未来の方から包み込んでくる

「鍵穴」としての居場所の〈いのち〉の表現---すなわち場---とが

互いに誘い合うように引き込み合いながら合致していく変化と

捉えて、「相互誘導合致」と呼んでいます。ここで重要なことは、

「鍵穴」と「鍵」の状態が相互整合的な関係になるように互いに

誘導し合いながら合致していくために、合致したときに西田

幾多郎の絶対矛盾的自己同一「一即多、多即一」が生まれる

という点です。

 

ここで重要なことは、相互誘導合致をした状態のまま人びと

の状態が固定されてしまうことはなく、未来の方から絶えず循環

してくる場に対して、相互整合的な関係を維持するように、

人びとは〈いのち〉の即興劇を演じ続けていかなければならない

ということです。言いかえると、人びとは居場所に生きていく

限り、〈いのち〉の即興劇によって(暗在的なドラマの)時間を

絶えずその居場所に生成し続けていかなければならないという

ことです。

 

人びとは生きていれば、それぞれの〈いのち〉の活きによって、

その存在を絶えず居場所に表出しています。その〈いのち〉の

表出を強制的に止められると生きていけません。このことは、

人びとの〈いのち〉の活きが居場所に向かって絶えず送り出されて

いることを意味しますから、人びとが生きている居場所には、

〈いのち〉の自己組織によって新しい場が絶えず生まれていること

になります。(このことを私は、〈いのち〉の自己組織に関係して、

「〈いのち〉の与贈循環」と名付けてきました。)したがって変化を

していく場に対して、人びとは絶えず相互誘導合致の活きをして

いく---〈いのち〉の即興劇を続けていく---必要があるのです。まだ

未経験の場が居場所に現れてくる現象が場の未来からの回来です。

 

言うまでもないことですが、〈いのち〉の即興劇が続いていく

限り、場の更新と共に、その場における生きものの存在の位置づけ

の変化も必要になります。一つの家庭でも、家族の年齢が変化を

していけば場が徐々に変わるために、その変化に応じて互いの役割

(家庭における互いの位置づけ)も少しずつ変わっていきます。

しかしその他方で、家風とか、企業風土という言葉で表現されて

いるように、生きものの状態が変わっても、生きものの位置づけが

安定していて、あまり大きくは変わらないことが多いようです。

そのことは、生きものの間に生まれる小さな衝突や変化によって、

居場所の状態がすぐ不安定になってしまわないように、生きもの

の位置づけが場によって安定に維持されていることによっている

と考えられます。これは居場所が一つの生きものとして生きて

いくために必要な生物的安定性でもあります。

 

居場所の老化とともに、相互誘導合致の活きがどのように変化

をしていくかということは、人びと(一般化して言えば生きもの)

が生きていく上でも重要になる問題です。私たちの身体は非常に

多数の多様な細胞の居場所であり、個体としての私たちの〈いのち〉

はその居場所の〈いのち〉ですから、相互誘導合致による細胞の

位置づけは非常に重要な意義をもっています。たとえば細胞が

居場所における位置づけから離れて存在が無秩序化しまい、

細胞たちの〈いのち〉の即興劇が続けられなくなることががん化

の原因にもなるからです。

 

人間の老化にともなって、細胞のがん化がおきる確率が増加

することを考えると、老化とともに相互誘導合致の活きも落ちて

くるものと思われます。その結果、身体における細胞たちの位置

づけを安定化する場の活きも老化にともなって低下していき、

さまざまな異常が現れることになると思われますが、その異常の

一部ががん化ではないかと考えられるのです。そのことから、

身体という居場所における場の活きを強めることが--共存在

深化の活きを強めることが--、がん化の防止や、がんの自然治癒

にとって意義があると考えられます。

 

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■12月のイベント:「哲学カフェ」と「勉強会」について

 

・2019年12月の「哲学カフェ」はすでにご案内させていただいた

ように都合により中止とさせていただきました。

次回の哲学カフェは、2020年1月の第2水曜日の1月8日です。

◎14時より17時

◎会費:2000円

◎参加申込方法と詳細:

下記「場の研究所の哲学カフェ」ページをご覧ください。

また、参加申込は、同ページ申込フォームよりお申込ください。

https://www.banokenkyujo.org/cafe/

 

 

・2019年12月の「勉強会」のご案内

従来通り、第3金曜日に北大塚の「場の研究所」で勉強会

を開催いたします。

◎日時:2019年12月20日(金曜日)

 15時から19時30分までの予定です。

(従来通り15時からワイガヤ的に議論を進めて17時より

 勉強会を行います。)

 

◎勉強会テーマ:

仮題:「〈いのち〉の即興劇による共存在深化」

 

場所:特定非営利活動法人 場の研究所

住所:〒170-0004 東京都豊島区北大塚 1-24-3

Email:info@banokenkyujo.org

 

参加費:会員…5,000円 非会員…6,000円

申し込みについては、毎回予約をお願いいたします。

  (なお、飛び入りのお断りはしておりません。)

 

■編集後記

 11月の勉強会はテーマ「相互誘導合致」に合わせて前半部分は

ネットに投稿されていたある記事とそのコメントを題材に議論を

行いました。なかなか良い話し合いができたと感じました。

 前半部分が終了した17時頃、清水先生の87歳の誕生祝として

参加の皆様と一緒にケーキとコーヒーを頂きました。

 勉強会は、清水先生が用意した資料をベースに、難しい部分の

説明を加えていただきながら読み進めていただきました。

最後に参加の皆さんとQ&Aを行い有意義な時間を過ごしました。

ご参加の方ありがとうございました。

 

12月は、都合により哲学カフェは中止となりましたが、勉強会

は予定通り開催いたします。年末のお忙しいときではありますが、

是非ご参加ください。なお、変更もあり得ますのでホームページ

で事前にご確認いただければと思います。

 

ご参加されない皆様には、オリンピック開催という記念の年で

ある2020年をご健勝でお迎えいただきたいと思います。

来年も「場の研究所」をよろしくお願いいたします。

 

定非営利活動法人 場の研究所

住所:〒170-0004 東京都豊島区北大塚 1-24-3

電話・FAX:03-5980-7222

Email:info@banokenkyujo.org

ホームページ:http://www.banokenkyujo.org