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場の研究所メールニュース 2024年07月号

このメールニュースはNPO法人「場の研究所」のメンバー、「場の研究所」の関係者と名刺交換された方を対象に送付させていただいています。

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■場の研究所からのお知らせ

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7月になりました。最近は梅雨でありながら暑い日や豪雨の日があり、昔のしとしとした雨の日が懐かしいですね。梅雨が明けると本格的な熱い夏が来ますので、皆様水分を取って熱中症にならないようお過ごしください。

 

さて、6月の勉強会は第3金曜日の6月21日に開催いたしました。

テーマは 『アナログとデジタル』 でした。ご参加してくださった方々、ありがとうございました。

「ネットを介した勉強会」としては30名のご参加をいただき過去最高となりました。お陰様で多くの議論ができました。ありがとうございました。

6月のテキスト(楽譜)の内容については、参加されなかった方も、このメールニュースを是非参考にして下さい。(オーケストラになぞらえて資料を「楽譜」と呼んでいます。)

 

そして、7月の「ネットを介した勉強会の開催は、第3金曜日ではなくて、第4金曜日の7月26日を予定しております。これは、毎年8月は夏休みということで勉強会をお休みさせていただいていまので、それも考慮して設定いたしました。よろしくお願いいたします。

清水先生の「楽譜」のテーマは 『〈生命〉の予約与贈循環』 の予定です。

 

もし、勉強会について、ご感想・ご意見がある方は、下記メールアドレスへお送りください。今後の進め方に反映していきたいと思います。

contact.banokenkyujo@gmail.com

メールの件名には、「ネットを介した勉強会について」と記していただけると幸いです。

(場の研究所 前川泰久)

 

・2024年6月の勉強会の内容の紹介:

◎第48回「ネットを介した勉強会」の楽譜 (清水 博先生作成)

 

★楽譜テーマ:『アナログとデジタル』

 

◇街における生活形態の変化

・約30年前に大学を定年になって、現在の場所に家を建てて引っ越してきたときには、住まいは小さな街のなかにあった。思い出してみるとその街には、パン屋、八百屋、電気屋、菓子と雑貨屋、クリーニング屋、豆腐屋、小さなスーパー、中華そば屋、理髪屋、学習塾などがあり、みな質もよく、日常の生活は便利であった。

・しかし約30年後の現在では、これらの店が全部なくなり、街そのものが手品のように消えて、日常の生活が不便な場所に変わってしまった。

 

◇高齢者の街における生活の不便さ

・それでも自動車を運転できれば、約10分ちょっと走ると、周囲にマルエツ、ヤオコー、ベルクスという3つのスーパー・マーケットがあるので、日常生活に困ることはあまりない。

・しかし85歳を過ぎるようになると、ブレーキとアクセルを踏み違えなどによる事故の可能性が誰にも生まれてくることから、安全のために自動車の運転そのものができなくなる。

・そこで現在わが家では、日常の品のかなりの量を生協から買っているが、生協の配達が週一回である上に、品数にも足りないものがあるので、数日ごとに妻がスーパーまで行き、肉や野菜などを買ってリュックに入れて運んでいる。

・しかし彼女も高齢でもう87歳になろうとしているために、買い出しの重いリュックをどこまで運び続けられるか分からない。クリーニングはベルクスにお店があったが、クリーニングをしたものをもう持ち帰ることができなくなったので、ワイシャツなどは着替えることができなくなった。

 

◇元々有った街の生活消失の原因

・元の問題に戻って、なぜもともと在った街がこのように消えてしまったのだろうかと考えると、この地域の人びとが、近江商人の「世間よし」を忘れて、売り手と買い手だけの「二方よし」の形でその売買を続けたために、「世間」に相当する街が消えてしまったのではないかと思う。

・売り手と買い手を即興的なドラマの「役者」とすると、世間は「舞台」に相当する。当然の話であるが、ドラマの「舞台」が消えれば、「役者」はドラマを演じることができなくなるわけである。そこで、「三方よし」の形が生まれて、はじめて即興的なドラマを続けていける条件が充たされることになる。

 

◇「三方よし」の街づくりの必要性

・それでは「世間」という「舞台」では何がおきているかというと、私は人々の人情のつながりが生まれていると思う。それは私たちの勉強会における存在感情のつながりの生成に相当する。

・人情が生み出す温かい「舞台」があって、その上で「役者」によるドラマが即興的に進んで行くのである。

→であるから、その人情を場所に生み出すために、昔から買い手と売り手が一緒になって「場所の神」の祭りを共催していくことなどが広くおこなわれていた。現在なら、スポーツの競技を一緒におこなうなどもよいかも知れない。

・「舞台」の継続にとって必要なことは、売り手と買い手の間に人情の温かいつながりを絶えず生み出していく努力である。特に売り手側からの場所への積極的なはたらきかけが必要であることを示しているのが、近江商人の「三方よし」である。

・「売り手よし」と「買い手よし」の「二方よし」に、さらに「世間よし」が加わって、共存在感覚で共に生きていくことができる世界が生まれるようにはたらいていくのが「三方よし」である。

 

◇デジタルでは成立しない「三方よし」

・売り手と買い手という「役者」の二方の関係は計算機に入るが、その「舞台」となる世間の人情の活きは数で表現できないために計算機に入れることができず、そのまま「舞台」の活きとして表現することしかできない。

・言葉を変えて表現すると、「役者」としての売り手と買い手の二方の関係は数で表現できるためにデジタル的であるが、世間という「舞台」がそこに入ってきて、「三方よし」の関係を表現することになると、もう数で表現するということ自体ができなくなってしまうために、数と情とを結びつけてドラマを創生していくような表現が必要になるという意味からアナログそのものの表現になってしまうのである

◇デジタル的状態に変えていくことへの危険性

・神宮前をはじめとして、東京では各地で再開発がおこなわれ、高層のビルやマンションが建てられて場所の姿が急速に変わっている。

・その再開発の原理は、極端に言えば、「三方よし」のアナログの状態の「舞台」をつぶして「二方よし」のデジタル状態に変えていくことで、見かけの上での富を生み出すことである。

→したがって高いビルはどんどん生まれていくが、同時に街としての東京の心に浸みるような姿は消えていく。

 

◇「三方よし」の活きを創るには実存生命〈生命〉が必要

・アナログからデジタルへと言う見かけの上での進化は、考えてみると人間の知の領域で広くおきている。たとえば人間の思考は生成AIの出現によって、広くそして深く影響を受けそうである。

・温かみのある情のつながりを自己が生きている場所に生みだしていく知のアナログの活きを、生成AIがデジタルの活きによって地球の上に生み出していくとは、原理的にも私には思えない。

・それよりも、「知の再開発」によって、人間の知の領域でも「二方よし」のデジタル的な関係が進み、情のある思いを生み出す活きを人間が失ってしまうのではないかと心配になりる。

・私の直観を言えば、実存生命〈生命〉をもたないものには、知のアナログの「三方よし」の活きを創造することは不可能である。

 

◇デジタル化⇒アナログ化へは与贈が不可決

・アナログからデジタルへの変化が無自覚的に起きているために深刻な状況に陥っているのが、〈生命〉のある地球という「生きている場所」を「舞台」として成立している現在の資本主義経済である。

・しかし、その資本主義経済はデジタル的な「二方よし」の論理によって地球規模で強力に進められているために、「〈生命〉のドラマ」でもあるアナログ的な経済のシナリオで「三方よし」の「世間」に相当する活きをする「舞台」として欠かすことができない活きをする筈の場所的生命体としての地球の〈生命〉が危機に瀕している。

・デジタルからアナログへの変換が、現在の資本主義経済ほど必要なものはない。そのためには人間の地球への与贈が絶対に必要である。

 

◇デジタルからアナログの形に変化させる哲学

・経済の形を現在の「二方よし」のデジタル形から、どのようにして「三方よし」のアナログ形に変えていけばよいだろうか?

・〈生命〉を与えられてこの地球という生命体に共存在している私たちは、絶望する前に自分自身の〈生命〉の価値を支えていく哲学を発見することこそが必要になると思う。

・そしてそれぞれが自己の哲学を周囲に広げていくのである。そのために自分が可能な範囲で、アナログの形をした「小さなドラマ」を始めてみることが重要である。

・そのドラマは、「舞台」となる場所への〈いのち〉の与贈を基本とする。その与贈には、人間の情の温かみがあることが必要である。

・その人情が人びとを引きつけて、「三方よし」のアナログの形をした「〈生命〉のドラマ」の形を生み出していくために、その「小さなドラマ」における人々の経験が広がることが新しい哲学につながるのである。地球のあちこちでこのようなローカルな規模での哲学の発見がおこなわれ、その哲学がつながって広がって行くことで、現在の経済を支えている価値観が変わっていくのである。

 

◇現代における「三方よし」の重要性

・パレスチナやウクライナの無慈悲な紛争によっても明らかに示されているが、「二方よし」の考えにこだわって生まれる争いは地球という場所的生命体の〈生命〉に深刻な負の影響を与える。

・また紛争の形にまで至っていないとしても、万一の場合を考えて各国各地域でおこなわれている紛争や戦争の準備のために、与贈すべき〈いのち〉の活きが使われていることがどれほど地球という場所的生命体を痛めつけているか分からない。

・しかし絶望的にならないで、「小さなドラマ」が可能な範囲で「三方よし」の哲学を広げていくことが〈生命〉を与えられて共存在している私たちには必要であると思う。

 

(資料抜粋まとめ:前川泰久)

              

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◎2024年7月の「ネットを介した勉強会」開催について

7月の勉強会ですが、最初にお知らせしましたように、第4金曜日の7月26日(金曜日)に開催予定です。よろしくお願いいたします。

なお、8月は勉強会はお休みさせていただきます。

 

次回も、場の研究所スタッフと有志の方にご協力いただき、メーリングリスト(相互に一斉送信のできる電子メールの仕組み)を使った方法で、参加の方には事前にご連絡いたします。

この勉強会に参加することは相互誘導合致がどのように生まれて、どのように進行し、つながりがどのように生まれていくかを、自分自身で実践的に経験していくことになります。

参加される方には別途、進め方含め、こばやし研究員からご案内させていただき、勉強会の資料も送ります。(参加費は無料です。)

 

場の研究所としましては、コロナの状況を見ながら「ネットを介した勉強会」以外に「哲学カフェ」などのイベントの開催をして行きたいと考えています。もし決定した場合は臨時メールニュースやホームページで、ご案内いたします。

 

2024年7月1日

場の研究所 前川泰久